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柔造の思惑 金造の困惑 R18

 白いメモ用紙にかかれた住所にたどりつくと、そこは築年数ウン十年のボロいアパートだった。
「ここか。廉造の住んどるトコ」
 デニムのポケットにメモをつっこみ、金造は目当ての部屋のまえに立った。黄ばんだチャイムを押してみると、なかからドタドタと足音が聞こえてくる。防音はないに等しいようだった。
「はーい、どちらさ……金兄!?」
 この部屋の主である廉造は、扉を開けるなりビックリしたようにパチパチと何回も瞬きをした。


     

 




「来んねやったら、ちゃんと連絡いれてーや。ビックリするやん」
「驚かせたろ思てな~」
 明らかに不満そうな廉造を尻目に、金造は鼻歌をうたいながら通された部屋のなかをキョロキョロと見回した。玄関をあがると台所のついた六畳の洋間に、ガラス障子で隔てられて畳の部屋、さらに奥には襖で仕切られたこれまた畳の部屋が見える。古いがよく整頓されているおかげで、こざっぱりとしていた。
「結構キレイにしとるやん。つーか坊は?」
 もうひとりの部屋の主がいないのに気づいて、たずねた。
「バイト行ってはる。てか何で急に来たん? 何かあったん?」
「別に~。出張で近くまで来たしよっただけや。あ、今晩泊めてなー」
「はー!?」
「ヨロシク~」
「嫌や、絶対嫌や」
「ええよ、ほな坊に頼むしー」
 坊の性格からして断るはずがないのはわかっていた。廉造は何やら警戒している顔でムスっとしていた。
 そこにガチャッと背後の扉開く音がして、金造は振りかえった。
 開いた扉からは、バイトを終えて帰ってきた坊がはいってくる。
「ただいま。……って、金造!?」
「あ、坊お邪魔してます~」
 ご近所さんみたいに軽く片手をあげたヘラヘラ笑ってみた。けど、坊もずいぶんと驚いたみたいで狐に抓まれたような顔をしている。そこに廉造が口を開いた。
「なんか急にやって来たんです。何の連絡もなく」
 かなり棘を感じたけど、無視しておいた。
 説明をきいた坊は「そうか」とすぐに切り替えたみたいで、玄関をあがった。その手には買い物がえりとわかるスーパーの袋がある。飛びだしている長ネギがずいぶん所帯じみて見えた。
「せっかく来たんやったらゆっくりしていき。いつまでおるんや?」
「明日ですー。ホテル取ってへんし、泊めさしてもろてもええですか?」
「そら全然かまへんけど、てかこっちに何しに来てん?」
「一応仕事で。でもそれはもう終わってて、かわいい弟のようすでも見てこかと思うて」
 そういうと、廉造がさらにしかめっ面したので頭を叩いてやった。
 坊は手にした袋を台所において、テキパキと冷蔵庫やら戸棚やらに置いていく。
「晩メシたいしたモンできひんけど、お好み焼きでええか……って、志摩、お前茶ァもだしてへんのか!」
「えー、こんなヤツに茶ァとかええですよ」
「そんなわけにいくか!」
「痛っ!」
 坊は廉造を殴ったあと、湯呑みをだして準備をはじめた。カチャカチャとなる音を聞きながら、廉造とふたりでちゃぶ台のある奥の部屋へと移る。廉造からしぶしぶだされた座布団にすわり、ほっと一息ついたところではっと我に返った。
「おい」
「何?」
「なんで坊にやらせとんねん!」
「ってぇ!!」
 また頭を叩いて文句をいうと、打ち所がわるかったのか廉造は後頭部をかかえて畳にうずくまった。
「痛ェ……さっきから何回叩くねん。あれはえーの。だっていっつも坊がしてくれはるし」
「はあっ!? おま、お前……、いつも坊をこき使っとるんか!」
「こき使うやなんて聞こえが悪いわー。坊が自分でやるていわはるから、お任せしとるだけで」
「アホか! あかん! いますぐお前が茶ァ準備しろ! 坊、そっちは廉造にやらせるんでええですよ。こっち来てください」
「えーーー! けど俺やったことないし」
 声をかけると坊は怪訝なようすで部屋にはいってきた。
「おまえら何騒いどんのや」
「坊、こいつを甘やかさんといてください。ほら、廉造、おまえがいれてこんかい」
「えー……」
 廉造はブツクサいいながら坊と入れ違いで台所へむかった。坊はあいた座布団に座りながら、何やら不思議そうだ。
「どないしたんや、急に」
「廉造が何もせえへんのが気に入らんだけです」
「いや、でもアイツ何もできへんで。湯沸かすくらいしか」
 坊は苦笑いして説明してくれる。するとすぐに台所から声がした。
「坊ー」
「何や?」
「お茶どこですかー?」
「あー。お茶ないし、カルピスにだそうかとおもってん」
「わかりましたー」
 茶の在処くらい知らんのか。坊にはにこにこしながら、内心イラっとしていると、また廉造の声がする。
「坊ー」
「何や?」
「カルピスどこに置いてますー?」
「冷蔵庫や」
「わかりましたー」
 十秒後。
「坊ー」
「何や?」
「カルピスと水の割合ってどのくらいですのん?」
 その声に、頭のなかでぶちっと音がした。
「だーーー!! もうええ!!」
 台所にのりこんで、廉造の頭を叩く。ここに来てまだ一時間もなっていないのに、何回目かわからない。
「ええ加減にせえ! 自分ちやろ!」
 怒鳴ると廉造は情けない顔でいいわけをはじめた。
「せやかて、普段はぜんぶ坊がしてくれはるし」
「お前……、ンなんでよう一人暮らししよて思うたなあ!」
「せやし坊とふたりなんやん」
「坊も、こいつちょっと甘やかしなんとちゃいます?」
 坊はまた苦笑いしていた。
「こいつにイチから教えるより、俺がやったほうが早いからなあ。もうええやろ。俺がやる」
「坊……。すんません……。こんなふがいない弟で……」
 こんなことお父が知ったらドヤされるどころやないで。ギッと廉造を睨みつけて奥の和室にもどった。
 しばらくして坊がカルピスを持ってきてくれたので、よばれながら三人で世間話をした。話を聞いていると、ふたりの生活はそれなりに楽しそうだった。(廉造のダメっぷりは気に入らんけど) それに水を差しにきた自分がちょっと後ろめたい。鞄のなかにある、今回最大の目的を思い出して、ユーウツな気分になった。



「そろそろメシにしよか」
 窓の外が暗くなったところで、坊が席をたち台所にいった。廉造は当然のようにテレビを見はじめて手伝おうともしない。
「おい、おまえがやれや」
 廉造の背中を足で蹴る。
「できひんし」
「何でやらへんねん」
 たずねると、廉造はうーんと考えはじめた。
「何でやろ。いつも坊がやってくれはるし」
 ああ、こいつを今すぐボコボコみしてしまいたい。
 廉造はみんなが寄ってたかって可愛がったせいで、かなり甘えただ。本人もそれを分かっていてうまく立ち回るからタチが悪い。そればかりか坊をこき使っているなんて、ほんっとムカつく。
 それに、腹の立つ理由は他にもある。
「……最近どーなん?」
「ん? フツーやで。何で?」
「お前のことはどうでもええねん。坊との話や」
「あ、あー……。まあボチボチ」
 廉造はテレビ画面を見つめたまま、生返事だった。
 廉造から直接聞いたわけではない。実際んとこどんな関係かは知らんけど、多分坊とできとるんやろうなと感じることがある。
 むかしそれっぽいところに出くわしたことがあるのも事実だ。そのとき一緒にいた柔兄はずいぶん怒っていた。
「それ聞きに来たん?」
 廉造がこちらを振り向いた。当たらずとも遠からずで、笑えなかった。微妙な空気になったところに、坊がホットプレートをもってくる。ナイスタイミングに内心感謝した。
「これセットして電気つけてくれ」
 いわれた通りにコンセントをさしてホットプレートの電源をいれる。坊はお好み焼きの具材をいれたボウルを廉造に渡した。
「これ、かき混ぜ」
「はーい」
 ずいぶん慣れたやりとりだ。坊が台所にもどった隙に廉造がデレっと顔をくずした。
「な、坊、奥さんみたいやろ?」
 この日一番の怒りが湧いた。手加減せずに思いっきり頭を殴る。
「ってー!!! ……何すんねん! 金兄ひどい!」
「お前はマジで反省せえや。このどアホがっ!」
「反省て何を!!」 
「お前らええ加減にしい!」
 坊の声が頭から振ってきた。振りかえると、仁王立ちをしていた。その形相からものっそ怒っていることがわかった。
「はよ準備せぇ! メシ食わさへんで!」
 叫んだ坊は、奥さんっていうよりお母っぽかった。



 メシが終わると、坊がいれてくれた風呂にはいってさっぱりした。部屋にもどると、真ん中の部屋に布団が敷かれていた。至れり尽くせりや。
「坊らはどこで寝はるん?」
「こっち」
 坊が指さしたのは隣の部屋のセミダブルベッドだった。当たり前みたいに一緒に寝んねやと思うと、ちょっと引く。隠す気はないんやろーか。
 夜の十一時くらいに布団にはいった。坊と廉造もベッドにはいったらしく、襖でしきられた隣からは物音がきこえてこなくなった。
 疲れていたし、すぐにうとうとなった。けれどふと隣の話し声で耳にはいってきて、目が覚めてしまう。どうやら坊と廉造が何か話しているらしかった。
 なんとなく聞き耳をたてて、血の気が引いた。

「……やめぇ…って」
 押し殺しとるみたいな苦しそうな声だった。多分、坊の声だ。ビックリして心臓がどっきーん!って鳴った。
「……金造が、おる……やぞっ」
 って、マジッスか。何か衣擦れの音がしていて、ごそごそとうるさい。
「……ちょっ、……んっ」

 あーーーーーー、廉造はアホか?
 マジでアホなんか?
 隣に兄弟いてるのに、フツーやるか?
 坊も坊や、何で流されてはるん?

 こんな防音もクソもないアパートで、しかも襖一枚で聞こえないとでも思っているのだろうか。いてもたってもいられず、頭からタオルケットを被って携帯を手にとった。電話帳から柔兄をだしてメールをうつ。柔兄は自分以外で廉造たちのことを知ってる唯一の存在だ。

『なんかアイツらヤりだしてんけど!! 助けて!!』
 送信したら三十秒もしないうちに返信がきた。
『とめろ 今すぐ』
『ムリ。ンな勇気ねー!!』
『坊をホモにする気か』
 いや、もうなってはるし……。ツッコミは心のなかだけにして、またすぐに返信を送る。
『せきばらいとかどやろ?』
 こんどはしばらく返事がこなかった。数分たって携帯電話が光りだしたので、慌てて確認する。
『生ぬるい。怒鳴りこめ今すぐ! それがふたりのためや。お前も弟が掘られとるとこを見るんはツライかもしれへんけど、我慢せえ』
 あれ……? もしかして柔兄なんか勘違いしてはる?
 首を傾げながら、マッハの速さで返信をうった。
『や、多分やけど、掘られとるんは坊のほう……』
 って送ったら、それから柔兄のメールがこなくなった。どうも坊が女役ってことを本当に知らなかったらしい。教えへんほうがよかったんやろか……、とちょっと後悔した。

 柔兄から見捨てられている間に、隣は相当盛り上がっているらしく声こそ聞こえてこないけど、ベッドがギシギシいいだした。
 聞き覚えのある音に嫌でもいろいろ想像してしまう。変な気分になりそうだった。もうこれ以上は耐えられない。
 涙目でカバンのなかからiPodを取りだしてイヤフォンで耳を塞いだ。すぐに音を鳴らして外界の音を遮断する。ギシギシが聞こえなくなると、ほっとため息をついた。これで寝られる。
 そう思ったものの、微妙に興奮した頭はなかなか収まってくれず、結局朝方になるまで寝つくことができなかった。


 目覚めると昼に近かった。もう坊はいなくて廉造に起こされた。坊はとっくのむかしにバイトに行ったといわれて、ちょっと安心した。なんとなく顔を見るのはビミョーな気分だった。
 坊が用意してくれた朝メシを食べた。坊の味噌汁はうまかった。
「目の下にクマできとるで」
 廉造が指摘してきたけど無視した。おまえらのせーやぞって、いってやりたいのを我慢する。
「もう行くわ」
 食べ終わると荷物をまとめる。カバンのチャックを開けると、なかからでてきたものに、ドキッとした。
 そうだ、本当は目的があったのだ。
 思い出して、渡そうかどうしようか迷った。
 いいだしたのは柔兄だ。
 けど、こんなやり方、本当は反対や。
「どしたん?」
 のんきな廉造が食器を片づけながらようすを伺ってきた。思い切ってカバンからとりだし、ブツを廉造に差しだした。
「何や、これ」
「お前から渡し」
 それは、厚手の革カバーに包まれた――お見合い写真だった。坊のために女将さんが用意したものだ。
 廉造はそれとわかると、みるみる表情が変わっていた。
「なんで?」
 ビミョーに声が震えていた。
「女将さんから坊に渡してくれて、頼まれたモンや。お父からもくれぐれもていわれとる」
 これは柔兄がそういえ、ていうたことや。
「坊、……ずっと断ってはったみたいやで。女将さんがため息ついてはった」
 坊が逃げ回って女将さんが嘆いているのも本当で、だけどまだ成人もしていない坊に、そんなに本気になっているわけじゃない。
 それをごり押ししたのは柔兄だった。出張のついでに手渡すように柔兄からいわれたのだ。
 廉造は俯いたまま、ピクリとも動かなくなった。
「……おくらんでええわ。廉造、お前からいうんやで」



 駅までの道を早歩きでぬけた。
 すごく嫌な気分だった。
 こんな役目、もうやりたない。
 新幹線に乗ってから携帯をみると、メールがきていた。柔兄からだった。開かずに携帯をとじる。なんとなく見たくなかった。
 窓をながれていく景色はとても早かった。
 もっと先のことやと思っていた現実が、もの凄いスピードで、もうすぐそこまで迫ってきていた。
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