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友達以上、恋人未満 後編 R18

三 志摩

坊とふたりきりで“デート”ができるなんて、なんてええ日なんやろう――、そう思っていたのはほんの数分前のことで、志摩は逃げだしたい気持ちでいっぱいだった。
逃げだせないのならせめて、ひたすらあさっての方向をむいて勝呂と目をあわせないようにするしかない。
針のムシロにいる思いで、志摩は手にしたハンバーガーを頬張った。


ことの起こりはおよそ一時間前にさかのぼる。

夏休み序盤、クーラーで冷えた部屋のベッドで、志摩は買ったばかりの雑誌をひろげだらけた休暇を楽しんでいた。
『―― 今年度最高のヒット! これを見逃したら、あなたの夏は終わらない ――』
そこへ、お決まりのフレーズがそえられた映画記事が飛びこんでくる。それはコメディタッチのハリウッド・アクション・ムービーで、ほんの少しロマンスもスパイスとしてそえられているというものだった。それだけで志摩の興味を引くには充分だ。

「坊、映画みにきません?」
一時間ほどのジョギングからかえってきたばかりの勝呂に、じゃーんと雑誌をみせつけた。ここのところ気が塞ぐことがつづいていた。映画で気分転換でもできればいい。
勝呂は真夏の炎天下でしっかりとかいた汗を、あらいたての白いタオルでぬぐっている。
「どんなん?」
「えーっとですね……」
汗にまみれた肌がやけにみずみずしく映って、少しどきどきする。それをごまかそうとできるだけ明るい声で勝呂に映画の説明をした。
「アクションやったらみてもええで」
勝呂はひとしきり説明をきいたあと承諾してくれた。
「ほなこれからどうですか?」
「ええよ、塾もないしな。そのまえに、シャワー浴びてきてもええか。汗で身体がべたべたや」
「わかりました。ほな三十分後でええですか? 俺は子猫さんにもきいてみます」
着替えとタオルをもって勝呂が部屋をでていくと、子猫丸にメールを送った。

三十分後、着替えをすませて寮の一階ロビーのソファでひとり携帯電話をながめていると、よごれを落としこざっぱりとしたすがたで勝呂があらわれた。
ソファの背もたれに身体をあずけたまま、首だけをふり向きローアングルからあおる。
足元は今春発売の少し使いこんだNIKE、デニムは勝呂が京都で気にいって通っていたセレクトショップのオリジナル加工をほどこした一点もの、ベルトはポールスミス、鞄は何年も愛用しているノーブランドのものである。
(坊て、ほんま……ボンボンやんなあ)
勝呂には、いかにも“間違いのないもの”をみて育ってきました的なオーラが漂っている。私服をきるととくにそれが顕著だ。兄のおさがりが大半の自分とは違う。
「子猫丸は?」
「アクションはやっぱりあかんみたいです」
首をふってこたえ、腕時計をみやった。時刻は十一時半で、映画の開始は午後二時ちょうどだ。勝呂とすごせる時間はたっぷりある。
「映画のまえに飯食いません? 坊、走ったから腹減っとるんやないですか」
勝呂が頷いたので、ひとまず寮からいちばん近くのファーストフードへとむかった。



まだお昼まえということもあって、店内はあまり混雑していなかった。
勝呂に座席を確保してもらい、志摩が二人分のセットを注文する。両手にトレイをもって席にむかうと、隣のテーブルには可愛い系の女子がふたり雑誌をみながら楽しそうにおしゃべりに花を咲かせていた。
「あ、ええですね~。女の子って感じですやん」
頬が緩むのをおさえきれず小声でささやくと、勝呂は呆れたように深いため息をついてハンバーガーにかぶりついた――と、ここまでは通常運転だ。問題はこのあとに発生する。

いったいどんな話をするのだろうかと、わくわくした気持ちできき耳をたてる。
ふたりの話題の中心は、どうやらファッション誌のなかで組まれている特集記事のようだ。
それは高校生を主軸にしたティーン向けで、意中のカレに告白する方法だとか、はじめてのデートに手をつなぐタイミング、さらにはもっとそのさきに進んだときのことまで具体的にかかれているらしい。会話の内容が想像以上になまなましくて、驚きを隠せない。
「最近の女子の雑誌って何やすごいんやなあ」
「おまえ……、行儀が悪いぞ」
勝呂は注意をしてくるが、少しくらい息を抜いたっていいではないかと反論する。
本当はこのままずっとリアル女子高生の会話を盗みぎきしたいけれど、ここで時間を費やすと本来の目的である映画の上映に間にあわなくなる。なくなく聴覚を遮断するとトレイの上のハンバーガーを手にとった。
包み紙をあけ、大きくと口をひらいてさあかぶりつこうとしたそのとき、とつぜん隣から『ファーストキス』という単語が耳に飛びこんでくる。
頭のてっぺんから一気に血がさがっていく。あんぐり口をひらいたまま、目のまえのバーガーにかじりつけない。怖くてうごけなかった。

キス、それも『ファーストキス』は、勝呂のまえでは、もっともいってはいけない最大のNGワードだ。
酔っぱらったいきおいで勝呂の寝込みを襲い、そのまま強引に初めてのキスをいただいてしまった。
いや、いただいてしまったらしい……というほうが正しい。なぜなら、志摩にはその記憶がまったく残っていないからだ。

なくしていたあいだの記憶が発覚したあと、勝呂の機嫌は最悪に方向にふりきれて、志摩はただひたすら土下座をしてやっとの思いで許してもらった。ほんの数日前のできごとだ。
機嫌をなおしてもらい、ようやく関係を修復できたというのに、この瞬間あの努力が水泡に帰している。
女子たちの会話はさらに盛りあがりをみせ、きゃっきゃうふふな状態になっている。
(やめて~、今その話題やめて~~~!)
こころのなかでボリュームを最大にして叫んでも相手に届くはずもない。いやそれよりも、目のまえの勝呂が怖すぎて、顔をみることができない。
勝呂にはきこえたのだろうか。もしかしたら耳に届いてないという可能性も……、いやあるわけがない。かなり大きな声だったのだ。かすかな希望の光を自分でうち消す。
とにかくこの場から逃げだすことだ。そう思うと、すっかり味のわからなくなったハンバーガーを無理やり飲みこんだ。



悪いことは続く――なんて、だれがいいはじめたのかは知らない。けれど、最初に気がついた人物でも、いまこの状況よりはきっとマシだったのではないか。
そんなことを思いながら、志摩は壁一面のスクリーンでくりひろげられるアメリカンなディープキスをみつめて涙目になった。

ファーストフードで思わぬ攻撃をうけ、逃げだすように映画館へやってきた。チケットを発券するときもパンフレットを買うときも、怖くて勝呂の目をみていない。
夏休みでも平日のせいか観客はまばらで、一番うしろの席に並んですわってからもずっと無言だった。だから、勝呂が何を思いながらこの濃厚なキスシーンをみているのか、まったく想像もつかない。

未成年なのに酔っ払い、その挙句キスを……それも大事なファーストキスを奪ったのは、いい訳のしようもない。しかしその反面、口惜しいというきもちがみえ隠れしていた。
(せっかく坊とチューできたってのに覚えてへんなんて、怒られ損やん)
唇の感触や表情、どんな声をだして、どんな口づけを交わしたのか。勝呂の“初めて”を、余すところなく覚えておきたかった。
頭をさげる裏側で、こんなことを思っているとバレたら今度こそ殺されるかもしれない。もしもを想像して背筋がぶるりと震えた。

映像のなかでは、金髪の男女ふたりが盛りあがり、情熱的な抱擁に突入していた。メインはアクションでロマンスは添え物と認識していたけど、どうやらお色気もしっかり組みこまれていたようだ。
志摩家は男兄弟が多いせいで、日常のなかに自然とエロ話があがる。家族の団らん中に、テレビからセクシャルなシーンが流れてもみんな笑いにかえて楽しんでいる。
では勝呂の家はどうなのだろう。
(坊はなんやかんやで純粋に育てられとるし、こんなとこ流れでもしたらテレビのチャンネル変えられてそうやなあ)
想像をしたらおかしくて笑ってしまいそうだった。
(坊、どんな顔してはるんやろ)
興味が湧いてきた。
先ほどの一件での恐怖心よりも、勝呂への好奇心が勝つ。少しくらいならみてもバレないだろう。わずかに顔を動かして、おそるおそる視線を隣のシートにむけた。
すると、パッと勝呂が目をそらす。
(え?)
照明は落とされているがスクリーンの光で周囲ははっきりと認識できる。見間違いなんかじゃない。たしかに、一瞬目があった。
(なんで?)
疑問といっしょに、下半身からことばにできない熱いものが一気にたち昇ってくる。わけのわからない熱で頭がくらくらした。
「坊」
シートから身を乗りだし、衝動にまかせて勝呂の手をつかんだ。
勝呂は目にみえてビクッと反応する。怯えているようすだがふり払われなかった。けれどこちらを向いてくれず、視線はスクリーンのままだ。
「坊」
もう一度よぶと、勝呂の瞳が小刻みに揺れはじめ、睫毛が震えた。志摩はそれを見逃さなかった。
勝呂の正面にのりだして、強引に唇を押しつける。
「――っ!」
にぎりしめた勝呂の指が一瞬で硬直した。
唇はまるで天の岩戸のようにかたく閉じられていて、それを濡れた舌でなんども舐め、緩く吸いあげる。しつこく繰り返すと、頑なだった唇にかすかな隙間が生まれた。勝呂のタガが外れたのだ。
舌をいれて迫る。勝呂の舌は往生際が悪く、口のなかでも逃げまわった。
それを追いつめて絡めとり強く吸いあげ、咥内の粘膜を舐め、上顎をぬるぬると擦ってやると
「んっ、んっ」
と、塞いだ唇から甘い吐息が零れ落ちた。
全身の血が股間に集まる。こんなの経験したことない。気持ちよすぎてちんこが破裂しそうだった。
敏感な反応をみせた上あごをもっとしつこく舐めると、勝呂は耐えきれなくなったのか逃げるようにシートからずり落ちてしまった。
「ぼ、坊」
焦って身体を支えてやると、勝呂は自分で座りなおす。
「大丈夫ですか?」
心配してたずねると、うるんだ双眸をむけられる。
「坊?」
勝呂は返事がない。
許可なくキスしたことを怒ることもなく、むしろとろんとした艶っぽいまなざしに、胸が高鳴り淡い期待がよぎる。
(もっとしてもええん?)
無言のうちに問いかける。もちろん、こたえはない。
けれど、色づいた勝呂の視線が何もかもゆるしてくれそうで、もういちどゆっくり唇をちかづけたそのとき――
パッと場内に明かりがもどった。
それと同じくして、観客たちがざわざわと動きはじめる。いつの間にか映画がおわっていたのだ。
我にかえって間近の勝呂をみなおすと、みるみるうちにこめかみに青筋が浮かびあがる。
「……手ぇ、離せや」
素直に口づけをうけいれ甘えた目になったことなどまるでなかったかのように、そら恐ろしい目つきが復活する。
(こんどこそほんまに殺されるかもしれへん……)
こころのなかでひたすら経を唱えながら、志摩はまたしても逃げだしたくなった。


四 勝呂

読みかけの雑誌、脱ぎ散らかした衣類、食べかけの菓子袋……これらはすべて、志摩のベッド上にあるものだ。
せっかく休みのたびに部屋をきれいにしたところで、ごく一部(主に志摩のテリトリー)のひどい有様に苛々させられる。
同じ屋根の下にくらすようになって数ヶ月、この散らかりようは勝呂の頭痛の種になっていた。

「こんなとこで寝るなんざ、あいつの神経どうなっとるんや。ほんま信じられへんわ」
いくら幼馴染とはいえ互いのテリトリーをおかすのはよくないと思ってこれまで何もいわずにおいた。しかし、布団のなかから陰毛つきの使用済みティッシュを発見した瞬間、とうとう堪忍袋の緒がきれた。
志摩と子猫丸がそれぞれ外出している隙に、志摩のベッドの掃除にとりかかる。
ゴミと衣類をわけ、布団下からでてきた大量のエロ本とDVDを勉強机のうえに並べる。本当は捨ててやりたいが、借りものの可能性もあるので我慢した。
シーツも剥ぎとり布団をベランダに干す。中天にかかる夏の太陽が、志摩菌を消毒してくれるだろう。

一時間ほどで布団をとりこみベッドにもどして、清潔なシーツをふわりとかぶせた。
ふかふかになった布団は、勝呂を清々しいきもちにさせてくれる。
しあがったベッドに腰かけて布団に顔をうずめてみた。太陽のにおいとぬくもりがここちいい。鼻を擦りつけると、ほのかに志摩のにおいがして身体が熱くなった。
脳裏に浮かんだ志摩の顔を打ち消すように、頭から布団をかぶる。
ふとした瞬間、志摩のことを考えてしまう自分が嫌だ。きつく目をとじると、ぶつぶつと覚えたての経典を諳んじた。



「坊、坊」
名前をよばれて、ハッと目をあけた。
起きあがると目のまえに子猫丸がいる。部屋はわずかに薄暗くなっている。どのくらいの時間かわからないけれど、眠っていたらしい。頭はずいぶんスッキリとしていた。
「お疲れやったんですか? 寝るんやったら志摩さんのとこで寝んと、自分のベッドに行かはったらええのに」
あのまま志摩のベッドで眠っていたのか。指摘されて恥ずかしくなった。
「いや、なんかまどろんでもーたわ。もう起きるし」
顔をみられたくなくて、目を擦りながら俯いてこたえる。

「子猫さん、そろそろ笑点がはじまるんやないですか? そのために、はよ帰ってきはったんでしょ」
「ほんまや。僕、ちょっといってきます」
子猫丸はそういうとさっさと部屋を出ていった。
帰っていたのは子猫丸だけだと思っていたのに、視界に入らなかっただけで、志摩も帰宅していたのだ。

いたたまれなさすぎてて言葉がでない。ぶわっと汗がふきでる。
ふたりきりになった途端、志摩はこちらをふりむいて隣にやってきた。その動きを目で追う。
「坊、いろいろ破壊力すごいねんけど。俺どうしたらええん? 誘っとるんですか? つーかわざとですよね?」
「ンなワケあるか……っ」
いい返しかけたところを、唇で塞がれる。

――映画を観にいって以来、ときどき志摩とキスをするようになっていた。

かといって、こんな状況でするのはくやしい。
志摩の濡れた舌に舐められても、ガンとしてて唇を開かなかった。すると大きな掌が頬から耳朶に触れてくる。そこはいやだ、やめろ。思っても、唇をとじているのでことばにできない。
むしろ、こころと反比例して背中がぞくぞくする。うなじを撫でられ肩を抱き締められると、重い身体がのしかかってきて、背中からふかふかの布団に倒れこんだ。
覆い被さられてなんども唇を吸われると、気持ちよくてゆっくり思考が停止していく。舐られて過敏になった唇を舌先に抉じ開けられるころには、頭がぼーっと して抵抗できなかった。舌を絡めたり吸われたり、口のなかをかきまわされたり、上顎のあたりをいじられると、たまらなくなって志摩のシャツを握りしめた。
「んっ、んっ」
股間に熱が集中していくのを止められない。

キスはするようになったけれど、逆に性欲を処理しあうことをしなくなった。
気持ち悪いとさんざんいったせいかどうかは不明だが、志摩は絶対に触ってこない。

直接刺激したわけでもないのに勃起していることは、おそらく志摩だって気づいているはずだ。
ときどき互いの股間が擦れあって、布越しでもそれが気持ちいい。

じれったい。
もどかしい。

昂りが出口をもとめて身体中を暴れまわる。

興奮しきったところで、志摩の唇がゆっくり離れていく。熱い吐息が頬にあたった。
志摩の両腕に顔をはさまれて、じっとみつめられた。その表情は何だか辛そうだ。
「坊……、自分がどんな顔してはるかわかっとる?」
こたえないでいると、股間をぐぐっと押しつけられた。
「あっ……!」
強烈な快感が身体を駆け抜ける。
それを皮切りに、股間だけをなんども擦りあわされる。気持ちよすぎて声を我慢できない。
「んっ、あっ、あっ」
「坊、声あかんて」
掌で口を塞がれた。
耳朶を舐られ、耳元で「坊、坊」とよぶ志摩の声が鼓膜にひびく。
(イクっ、イクっ、駄目や――!)
意識が焼き切れそうになって、下着のなかで熱が弾けた。
ビクビクっと痙攣したせいで、達したことが志摩にもつたわったようだ。押さえられた口を解放される。
はあはあ、となんども息を吐きだして呼吸をととのえる。早くしないと子猫丸がもどってきてしまう。
「ちょ、どけ。着替える」
「すんません。……ちょっとトイレいってきます」
「お、おう」
志摩がよろよろと部屋を出ていくのをみおくってから着替えた。

部屋の換気をして、この火照った身体を沈めて……。夕食には三人顔を突きあわせることになるのだ。
キスをすることも、快感に流されてしまったことも、志摩のきもちを知った上で行っている行為の矛盾も、何もかもいずれは考えなくてはいけないことだ。

だけど、今はいい。
今はただ、夕食に平静をたもてれば、それでいい。


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