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友達以上、恋人未満 前編

一 勝呂

勝呂は本気で腹をたてていた。深夜の一時をまわっても、寮に志摩がかえってこないのだ。
「あいつは何しとんねん! 補導でもされたらどないするんや」
「まあまあ坊、志摩さんも初めての合コンで、テンションが上がっとるんやないですかね」
子猫丸になだめられても、一度湧きあがった怒りの感情はしずまらない。手にした携帯電話をきつく握りしめ、志摩のベッドに思い切り投げつけた。

志摩が合コンにいくといいだしたのは週の半ばのことだ。クラスメートに誘われたとかで、ずいぶんとうかれていた。
そりゃ、祓魔塾のない日ではあるし、何をしようが個人の自由だ。しかし、確固たる目標を持って上京してきているのに、門限まで破って女にうつつを抜かしていることがムカつく。
かえってきたら説教してやろう、そしてあの腐った根性をたたき直してやる。
――そんなことを考えながら、勝呂はベッドにはいり瞼をとじた。



がっ!

急に重い何かが背中にぶつかった。その衝撃で、落ちていた意識が一気に現実へ引きずりもどされる。
背後に不気味な違和感。いったい何が起こったのか。
瞬きしてみるが暗闇で状況がわからない。顔をうごかすと、うつぶせになっていた頬にやわらかいシーツの感触があたる。それでようやく、寝ていたんだ、と思いだすことができた。
(もしかして悪魔!?)
最悪の可能性が脳裏をかすめ、恐怖で鳥肌がたった。
とにかく何とかしなければいけない。おそるおそる振りかえると、いやなアルコール臭が顔面に直撃した。

「へへ~坊、ただいまです~」
「おまっ、志摩か!?」
違和感の正体は、寝る前に苛々させられた張本人だった。
「そうですよ~、なんで先に寝てはるんですか~、ひどいわ~」
「何時や思てんねん! つーか、おまえ酔っぱらってへんか? いや酔っぱらっとるやろ!」
「えー、酔ってませんよ。ちょっと水たくさん飲んでしもーただけで……ひっく」
完全に酔っ払いである。午前様どころか、未成年の飲酒なんてありえなさすぎる。呆気にとられていると、甘えた声で顔がすり寄ってきた。
「坊、坊、なあなあ」
「何や」
「俺のこと、好きですか?」
「はぁ!?」
幼いころから周囲には大人が大勢いた。だから、酔っ払いのあしらいには慣れているほうだが、こんな絡まれ方は初めてだ。質問にはこたえず、うんざりして酒臭い志摩の顔を掌で引き剥がす。すると思わぬ抵抗にあった。
「ん~、邪魔ですて。なあなあ、答えてくださいよ。俺のこと好きですか?」
意外に力強く手首をつかまれ、逆にシーツに押しつけられる。そのまま身体が反転しあお向けになると、志摩が乗りあげてくる。かなり重い。
(こいつ結構ウザい)
そう思う反面、酔っ払って甘える志摩のすがたなんて、滅多にみられるものじゃない。物珍しさに、本気で抵抗する気が失せる。
それにしても、大きな声をだしているはずなのに、同じ部屋で寝ている子猫丸はまったく起きる気配がない。
(あいつは細かそうにみえるけど、意外と神経がずぶといんやな)
それぞれの初めて知る一面に感慨深くなる。
真上の志摩の顔を見あげると、ムスッと不機嫌になっていた。
「なあ、きいてます? 俺のこと好きならチューしてくださいよ」
さすがにこのノリについていけない。気持ちの悪い発言に、嫌悪感がたった。
(こいつ、合コンでもこんな調子で女子に絡んだりしとらんやろなあ?)
そんな不安をよそに、志摩は泣きだしそうな顔になった。くるくる表情が変わって忙しい奴だ。
「……してくれへんのですか? 何で? 俺のこと嫌いなん?」
「いや、嫌いちゃうけど、おまえ男やししたない」
下半身の処理をしあうのは百歩譲っていいとして、さすがにキスは勘弁してほしかった。
「坊……、ひどいわ……。俺がこんなに坊のこと好きやのに」
「あーそうかそうか。そりゃどーも。もうええから、おまえ寝ろや。明日も塾はあんねんで」
「俺の気持ち無視!?」
「はいはい、わかったわかった。ええ子やからベッドいって寝え」
「わかってへん。ほんまに俺は坊が好きなんです」
酔っ払いの戯れ言にしては、少し真剣な気がするが気のせいだろうか。勝呂は志摩のことばに耳をかたむける。
「好きやなかったら、だれが男のちんこなんてシコりたい思います? 坊やから触りたいしチューしたいしエッチしたいって思ってるんやないですかー。それやのに、ほんまひどい~」
……ものすごい暴露をされてしまった気がする。
驚きで身体の力がぬけていく。
これはどこから拾っていけばいいのだろうか。わからない。理解しきれない脳がぐわんぐわんして、胸がものすごい勢いで鳴りはじめる。
(志摩が俺を好き?)
頭のなかで復唱すると、頬が熱くなった。
(いやいや、ないないない)
慌てて否定する。そうしないと、気持ちをしずめられない。
人生初の告白が男からで、とういか志摩からで、何かもういろいろ本当にありえなさすぎる。
そんな悩みをよそに、志摩の甘えはつづく。
「せやから、坊、べろだしてください。えーってべろだして。吸いたい」
そのことばに、ハッと我にかえった。何だか嫌な予感がする。
「落ちつけて。それはあかんやろ。冷静になれ」
志摩の本音をしったいま、この態勢は非常にきけんなのではないか。すぐにでも逃れたいけれど、騒いで子猫丸を起こしたくはない。小声で志摩をなだめながら、掴まれた手をはらうと身をよじってうつぶせになった。這いでようと腕の力でだけで前進する。
「坊、何で逃げるんですか。チューがいやなん? 好きやのに、ほんまに好きなんです。好き好き好き」
首のうしろでささやかれると、悪寒とは違う感覚で肌がぞくぞくと粟立つ。逃がさないとばかりに肩をおさえこまれ、耳たぶのうしろを舐められる。頬だけじゃなくて身体まで熱くなりそうだった。
「ちょっ、やめ……えって」
抵抗してもそのいきおいはとまらず、うなじやら背中に何度も口づけられる。太ももには硬いものが擦りつけられ、それが勃起した志摩のナニだということがわかった。酒のせいですっかり理性をなくし、完全に盛りのついた猿である。
「坊、坊、坊」
猫撫で声で名をよばれる。
顎を掴まれ強い力でふり向かされると、眼前にスローモーションのようにゆっくりと顔が近づいてきた。
(あかん、限界や!)
むにゅうと、感じたことのない柔らかいものが、口に押しつけられた。それが唇だとわかるなり、ビリリっと全身に熱い電流がはしる。 

「子猫丸!」

すぐに顔を背け、腹の底から叫んだ。

「起きい! 子猫丸!」

起きてはやくこの窮地から救うてくれ。
必死に名前をよぶと、暗闇だった部屋の蛍光灯がパッとまぶしくひかった。子猫丸が起きたのだ。
「おふたりとも、何してはるんですか?」
「何やあらへん! この酔っ払い、なんとかしてくれ!」
まぶしさに慣れなくて、半目のまま子猫丸に助けをもとめる。
「坊、なー坊、チューして」
志摩はアホみたいにキスをせがんできた。
「志摩さん何してはるんですか。坊、困ってはりますやん。う……、酒くさ」
子猫丸が顔をしかめながらも、志摩をおさえこんでくれたおかげで、ようやくベッドから抜けだすことができた。
動きをとめられた志摩は、そのまま寝入ってしまった。ほっと胸をなでおろす。一時はどうなることかと思った。
動揺が落ちつくと、すっかりベッドを占領した志摩を睨みつけた。
「こいつ酒グセ最悪やぞ」
「これがいわゆる“キス魔”ってやつなんですかねえ?」
子猫丸は眼鏡をかけながら、不思議なものでもみるように、しげしげと志摩を眺めた。
「おまえ冷静やな。つーか、キス魔ってなんやねん」
「お酒を飲むとキスをしまくる人のことです。女性に多いみたいですよ」
こいつはそんな豆知識をどこで仕入れてくるのだろう。
疑問が顔にでたのか、子猫丸は話をつづけた。
「ネットに載ってたんです。志摩さんがこのパターンやなんて、何やすごく意外です」
「そうか、そんなんもあるんか」

それならば、好き好き告白しまくる酒グセなんてのもあるのか?
首をかしげながら、志摩の発言を思いかえすと、まだ新鮮な記憶に自然とほっぺたが熱くなる。
(だいたい……男同士でエッチって何すんねや)
これまで単なる性欲処理として触れあってきた。でもそれは、志摩にとって別の意味をもっていた。ならどうして、最初にだれしもがやっていることだから、なんていったのか。……わからない。もし、先ほどの発言がすべて本当だったとしたら、いったいどうしたらいいのか。志摩に恋愛感情なんてもっていないというのに。

いびきをかいて、気持ちよさそうに眠っている志摩の寝顔をみつめると、怒る気にはなれなかった。
とんでもないことをたくさんいわれたけれど、朝になってどこまで覚えているのやら。
考えてもしかたがない。

眠そうに瞼をこする子猫丸に、そろそろ寝ようとつげた。
「起こして悪かったな」
ひとこと沿えてから部屋の電気を消して、志摩のベッドにむかうと、暗闇のなかで子猫丸がつぶやいた。

「……もしかして、坊はキスされてしもたんですか?」

やっぱり、朝になったら志摩を思う存分ボッコボコにしよう。
己の名誉のためにも――。





二 志摩

まぶしくて目をあけた。なんどか瞬きをして、のっそり起きあがる。ここちよい眠りを妨げた光の正体は、カーテンの隙間から射しこむ太陽だとわかった。
部屋の壁時計をみると、十一時をまわっている。
たしか、午後から塾があったはずだ。そろそろ起きて準備をはじめなくてはいけない。
ベッドから降りようとしたとき、頭にナイフをつきたてられたような痛みが走った。
「ってぇ……」
ひどい頭痛だ。
「なんでこんなに痛いねん」
合コンにいって、二次会のカラオケで大さわぎしたことは、おぼろげだが記憶にある。
だけど、そのあとどうやってかえってきたのだろうか。前日のことなのにはっきりしない。
覚醒しきらない頭で必死にかんがえていると、さわやかな風とともに部屋の扉がひらいた。

「あ、起きはったんですね」
「あ~、子猫さん。おはよーさん」
「体調はどうですか? かなり酔っぱらってはりましたよ。坊と二人で寝かしつけるのが大変で」
「そういえば、坊は?」
たずねると、子猫丸の表情がかたまった。
「……その、塾にいく前に、図書館で勉強していくていうてはりました」
「? そーなん。ほな俺も飯食って準備しよか。シャワー浴びたいわ」
おおきく背伸びをして立ちあがる。箪笥から着替えをとりだして、部屋をでようとしたところ、子猫丸によびとめられた。
「あの……、坊のことなんですけど」
おもむろに話しはじめるのでふりかえると、子猫丸は俯いて指をいじいじしていて、いつもと様子がちがう。
志摩は首をかしげた。
「どうしはったんですか? 坊がどないしたん」
「志摩さんは、坊に謝ったほうがええと思います!」
「へ?」
「僕からいえるんはこれだけです! ほな先にいかせてもらいますんで、志摩さんも塾に遅れんときてください!」
それだけをいい捨て、子猫丸は部屋をでていった。
「はぁ~???」
いいっぱなしにされて、さっぱり訳がわからない。頭にクエスチョンマークを浮かんだが、深く考えず身支度にとりかかった。



祓魔塾での授業がおわり、急いで鞄に荷物を詰める。一刻もはやくこの場から逃げないと、背筋が凍って死んでしまいそうだった。
勝呂の様子がおかしいのだ。ちなみに塾にきてから子猫丸の様子もおかしい。お気楽に話しかけてみても、なぜか寒々しい空気しかながれない。
(ゆうべ何があったんや。子猫さんは坊に謝れいうてたし、これはどうも、俺が坊に何かしでかしたんやな)
こうなったらいわれたとおり勝呂に謝ってしまうのが一番いいだろう。そうすればきっと、元にもどれるに違いない。

部屋にもどると、子猫丸は経過治療のため病院にいってしまった。
(子猫さん……、裏切らはったな)
子猫丸がこの重い空気から逃げだしたのは明らかで、こころのなかで恨み節が流れだす。
だが、これは腹を割って話す最大のチャンスでもある。ポジティブな思考に改めると、帰宅そうそう勉強机にむかう勝呂の隣にたった。
「回りくどいんは苦手やし、ストレートにききます。俺、坊に何かしてしもうたんですか? 昨日は途中から記憶なくしてしもて……、寮までどうやってかえってきたんかも、さっぱりなんですわ」
「別に。何もない」
ふり向きもしないで即答された。声に愛想がない。
「ほな、何でそんなに怒ってはるんです? 態度がおかしいですやん。……子猫さんは、俺が坊に謝るべきやていうてはりました」
こんどは無言だった。それがすべてを物語っている。
貝のように口をとざした勝呂は強情だ。これ以上詰めても、きっと何も教えてはもらえない。
(かなりキレてはるやん。どないしよ……)
道がみえずうなだれる。ふと、なにげなく勝呂の横顔をみつめると、耳朶が真っ赤になっていた。よくみると頬にも朱がさしている。
(え? どゆこと?)
赤面する理由がわからない。わからないが、でもこれは解決の糸口のような気がする。
志摩は頭をひねった。
酔ったときには本音がでるという。では、自分の本音は何なのか。
思考の九割はエロいことだし、それも最近の対象はもっぱら勝呂になっている。
触りっこだけじゃなくて、その先のことをしてみたいという願望を、ずっと隠しもっていた。
まさか、それをやらかしてしまったのだろうか。急に不安がつのる。
思わず勝呂の肩をつかんで叫んだ。
「もしかして坊をレイプしてしもーたんですか!?」
(しもたー!)
と、思ってももう遅くて、勝呂の眼光がみるみるうちに鋭くなっていく。
「いねや……、このクソ虫が!」
大嫌いな虫よばわりされてぞっとしたが、自業自得だから反論もできない。
「じゃあ、寝込み襲うたとか!?」
「いねいうとろーが! この手を離せ!」
肩からふり払われると大人しく手を引いた。
「だいたい、レイプも寝込み襲うんもほっとんど一緒やろ。アホか」
「じゃあ、いったい何なんですか。いねやいわれても、このままずっとおる気ですか?」
「人が怒っとるときに、火に油注ぐような真似して。とっとと消えろ」
「あー、坊やっぱり怒ったはるやん。……何かしてしもうたんやったら、ほんまにちゃんと謝りたいんです。だから怒らんと俺とはなしおうてください」
必死ですがると、鬼の形相がすこし和らいだ。逡巡するような表情のあと、やっと重たい口がひらかれる。
「ゆうべは……酔っぱろうてかえってきて、……俺のベッドを占領しよった」
「はい」
「……それだけや」
「はあ? そんな訳ないでしょ。そんなんで怒ったらただのアホですやん」
「何か文句あんのか」
凄まれると口ごもるしかない。
真実はそれだけではないだろうと思いながらも、頭をさげて詫びをいれる。
「いえ、坊がそういわはるんやったら……。ベッドをとってしもて、ほんますんませんでした」
「もうええ。この話は終いや」
頭上からふってくる声に顔をあげ、表情をじっくりみつめると、すぐに目をそらされた。
(やっぱり嘘をついたはる。坊は真面目やから、嘘をつくとき相手の目をみれへん)
かといって、これ以上勝呂の引きだしを強引に開けようとするのは難しいだろう。
志摩はまたしても頭をひねった。
そして、引きだしを開けさせる方法を一つ思いつくと、にこっと笑顔をつくって一歩近づく。もろに見下ろせる位置だ。
「許してもろてありがとうございます。ところで、今後のためにも、酒飲んだとき自分がどうなっとったんか知りたいんですけど、教えてもらえませんか?」
笑顔はくずさないで、少し眉尻をさげた。こんな手に引っかかってくれるのかは謎だが、何もしないよりはましだ。
勝呂は少し警戒した様子だったが、真摯さがつたわったのか、ようやく詳細をはなしはじめる。
「……こっちが寝とんのにいきなりはがい締めしてきて、あとは何やようわからんこというとったわ」
「わからんことって何ですのん?」
「……俺にむかって自分のこと好きかとか、好きならキ……キスしろ、とか何とか。とにかく、完全に女と間違えとった」
きいた瞬間、恥ずかしさのあまり死にたくなった。
いや死ぬのは怖いから、今すぐ走って逃げだしたい、いやいや、穴があったら隠れるのでもいい。とにかくこの場から消えてしまいたい。
数時間前の自分は、勝呂にたいしていったい何を口走っていたのだろうか。いい加減二日酔いで疲弊した頭が、精神的ダメージをうけてさらに痛みをます。
「それだけですか? ほかに何もいうてませんでした?」
そこで勝呂が口をつぐむ。どうやらまだ爆弾を落としていたらしい。
「あとは、別にない。俺にむかって、好きや好きやいうてキスしろエッチしたいてうるさかったくらいや。あ、でも別に気にしてへんで。酔っぱらってほんとに女と間違うとったみたいやし、俺は気にしてへん。酒で失敗するくらい、みんなようあることや」
身体中から一気に血の気が引いていく。羞恥をとおりこして自分がとんでもないことを告白したことに青ざめる。もう言葉もでなかった。
「お、俺はほんまに気にしてへんぞ! ほんまのほんまや」
これ以上立っているのがつらくてふらふらと自分のベッドにむかい、顔面から布団にダイブする。枕に顔をうずめ、耐えきれない羞恥心にのたうちまわった。
「おい、大丈夫か」
心配げな声に片手をあげてこたえる。勝呂はそれ以上何もいわず、しばらくすると部屋をでていった。



夜になり夕食をとるころには、三人のあいだで会話はできるようになった。
混雑した食堂の長テーブルの端っこを陣取り、勝呂と子猫丸が並んですわると向かいあって志摩も腰をおろす。
一緒に食事をとるのも気が進まなかったが、勝呂から変に気を使われるのも嫌で渋々でてきた。
いつもはおかわりしても足りないくらいのごはんも、胸が苦しすぎて一杯を平らげるのに一苦労だ。
とばっちりをくった子猫丸に申し訳なくて、ちょうどおかずに彼の好物がでたので半分おすそ分けしてやる。子猫丸はとても喜んでくれた。
勝呂のすがたをちら見する。不機嫌MAXだった先ほどよりはマシというレベルで、まだかなりぎこちない。会話はしてくれるものの視線はぜったいにあわせないのだ。
(めっちゃ気にしてますやん……)
こころのなかでツッコミをいれながら、志摩は深いため息を吐きだした。

さて、どうしたものか――
この状況で部屋にもどるのは気まずいので、食事をおえるとテレビ室で友達にまじってバラエティー番組をみることにした。けれど内容がまったく入ってこない。頭のなかは勝呂のことでいっぱいだった。
勝呂のことは好きだけど、別にそれをつたえるつもりはなかった。どうせ相手にされないにきまっているからだ。むしろ気持ち悪いといって遠ざけられることのほうが怖い。
ただちょっとムラムラがつのって、うまいこといいくるめてちょっかいをかけてしまったけれど、それも一過性のものでいいと思っていた。
(坊はどう思わはったんやろ?)
最初に怒ったくらいだから気持ちよくは思っていないだろう。ただ、口をきいてくれたことを考えると、絶縁されるという最悪の結末は回避できたと思って間違いない。
(もう、坊に触ったりできひんのかな。こんなんやったら、キスとかもっといろいろしといたらよかったわ)
何回目になるかわからないため息をついて、髪の毛をガシガシ掻く。
うじうじ悩んでいると扉のある背後から声がした。
「おい」
振りかえると、勝呂だった。
「ぼ、坊、何ですか」
驚きと緊張で声がうわずってしまう。勝呂は何もいわず、顎で部屋にもどるように指示してきた。

部屋には誰もいなかった。子猫丸は時間外の風呂にいったらしい。ということは、この空間は勝呂とふたりきりである。空調のきいた部屋は涼しく快適なはずなのに、志摩は無性に息苦しさをかんじた。ベッドに座る勝呂にならって、その隣に腰をおろす。
しばらく沈黙が続いた。わざわざ子猫丸の不在をねらってよばれたということは、何か話があるはずだ。
「あの、坊?」
「今日いちにちずっとおまえのことかんがえとった」
「はあ、すんません」
「謝らんでええ。……おまえホモなんか?」
「……えっらい、直球ですね」
どうやら腹を割って話してくれようとしているらしい。なんだかんだで相変わらずの男気に惚れなおしそうだ。
「どうなんや」
「ホモやないですよ。俺、女の子好きですやん」
「ほな何で――」
「坊のことは好きですよ。尊敬しとるし、俺がついていくんは坊だけや。でも、それ以上でも以下でもあらへん」
大好きなのでヤってしまいたい、というところはいわずにおいた。そんなどろどろした感情は勝呂にも知られたくない。
「それは本音か」
「嘘いうてどないするんですか」
「せやな。……ほな、質問を変えよか。おまえ、俺とヤりたいて思とるん?」
耳を疑った。勝呂は何といったのか。
気にしていないとあれほどいっていたくせに。
消し去りたい過去を持ちだされて、腹立たしくなった。怒りにちかい感情が高まり額に汗がにじむ。それを収めようと、深呼吸してこぶしをきつく握りしめる。
「……それきいてどうしはるんですか」
「どうって……」
「人のこころほじくっといて、まさかノープランやないですよね?」
「何やそのいい方」
「坊、気にしてへんていうてたやないですか。何でそんな話もちだしてくるですか。意味わからんし」
喧嘩ごしにいいはなつと、勝呂の目つきがかわる。そこにははっきりと怒気が宿っていた。
「志摩、質問に答えや」
その眼力に圧倒されて、くやしさと苛立ちに唇を噛みしめる。
「……思うてますよ。坊のこと抱きたいて思うてます! ……これで満足ですか!」
叫んだいきおいで無意識に立ちあがってしまった。
感情を暴かれるのはいやだし、本音をしられることも好きではない。なのに、どうしてこんなことをしてくるのか。
「座り」
みおろした勝呂は、熱くなってしまった自分とは裏腹にとても冷静なように映った。
「周りくどいことせんと、そうやって素直にいうたらええやろ。……というても、おまえの性格やったら無理か」

ああ――、なるほど。
いつもへらへらして上滑りなことばかり――、でもそれはただの隠れ蓑にすぎない。
本当の自分は誰にもみせたくない、という秘めた感情を、何もいわなくても勝呂はちゃんと知っていたのだ。
(やっぱり坊はすごいわ。ひとのこころも何もかんもお見通しや)
なんども踏みしめられて硬くなった雪の塊が、春のひざしでとけはじめるように、閉ざしていたこころが勝呂にむかってゆっくりと開いていく。
怒りで握ったこぶしは、いつのまにかほどけていた。

ベッドに座りなおすと、勝呂の顔をみつめた。怒るでもなく照れるでもなく、いつになく真剣なようすだ。
男からヤりたいといわれて気持ち悪いはずなのに、その真意がどこにあるのかわからないけれど、こんな自分にも向きあおうとしてくれる。

(坊はほんまに優しゅーて人間が大きいなあ。……やっぱり、俺は坊が大好きや)

そう思うと、苦笑いがこみあげる。
好きという純粋な思いと、勝呂への肉体的な欲求とその罪悪感と、いろいろな感情がせめぎあって落としどころがみつからない。
抱きたいのは本当だけど、そうしたくないと思うのもまた真実だった。
できるなら、このままこの関係を崩したくない。

昂った感情がゆるやかにしずまってくると、しだいに気恥かしさが湧いてくる。
勝呂に見守られているような感覚がくすぐったい。こんな痒い空気はすぐにぶち壊したかった。
「俺の性格わかっとるんやったら、ほっといてくれたらええやないですか」
志摩は俯いて、少し拗ねた口ぶりでいった。
「感情を溜めこむんはようないからなぁ。スッキリしたやろ、ええガス抜きになったんとちゃうか?」
「おかげさんで。……それだけですか?」
「溜めこんどるから酒に飲まれてひと襲いよんねん。お前はもうちっと、思うとるこというたほうがええで。そのほうが犠牲者もでんし、世のためや」
「……ほかには?」
「……ほかに何があんねん」
「いや、俺の気持ちを悟ってくれて、一発ハメさしてくれるとか、そういうのは……」
もちろん無理だろうけど、一応確認してみる。これはこれで本音だ。
「アホか、きっしょいこというなや! みてみい、さぶいぼ立ってもーたやないか!」
「え~~~! ひどいわ、坊。完全に俺のこころ弄んだでしょ」
「はあ? 冗談も休み休みにしいや。そんなんして俺に何の得があるんや」
「坊、俺のこと嫌いなんですか?」
「そんなんいうてへんやろ」
「ほな好きなんですよね? 好きやったら一回くらい俺と……わっ!」
いいかけたところで胸倉を思いきり掴まれた。
同時にドスのきいた恐ろしい声をつきたてられる。
「おまえ、そういうところマジでウザいねん」



「あれ、仲直りしはったんですか?」
ぎゃーぎゃーいいあっているところに、風呂上がりの子猫丸がもどってきた。
「「ぜんっぜんしてへん!!」」
お互い掴みあいながら罵りあっているのに、子猫丸は何やら嬉しそうだった。
しかし、さすがにこれ以上喧嘩するのも申し訳ないので手をはなす。
「「ふん!」」
互いに睨みあって背中をむけた。
いったい、これのどこが仲直りしたようにみえるのか教えてほしい。いちど眼科でみてもらったほうがいいのではないか。
せっかく静まっていた感情が、いいあいで再燃してしまった。プンスカ怒っていると子猫丸になだめられる。
「まあまあ。志摩さんはちょっとお酒やめたほうがええですよ」
たしかに、今回の原因は自分にあるのでぐうの音もでない。勝呂にも子猫丸にも迷惑をかけてしまった。
「子猫さんにはえらい悪いことしてしもて、すんません」
素直に頭をさげると、子猫丸を左右に首をふった。
そして笑いながら、こういった。

「坊も。そらファーストキスも大切ですけど、減るもんやないし志摩さんに奪われたことくらい許したってください」

そのあと、ふたたび部屋のなかが凍りついたのはいうまでもない。


(後編につづく)

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